1. 今日の相談
「事故にはならなかったんです。でも、ちょっと危なかった場面があって。ヒヤリハットとして残したほうがいいのは分かってるんですけど、いざ書こうとすると手が止まります。『誰が悪かった』みたいに見えたら嫌やし、書かれた人が責められてるように感じたらどうしようって。結局、うやむやにしてしまうことがあります」
福祉・保育・介護の現場、小さな会社や店舗でも、とてもよく聞く相談です。ヒヤリハットは大事。けれど、書き方を間違えると、責任追及のように見えてしまう。だから書きにくい。書きにくいから残らない。残らないから、次に同じ場面が起きたときに防ぎにくい。
この「危なかったことを、責めずに、次に防ぐための記録にする」ところを、なんとかしたい——というのが今日の相談です。
2. 大丈夫です
ほー先輩:大丈夫やで。ヒヤリハットは、誰かを責めるための紙やない。次に同じことが起きんように、みんなで見るための気づきや。だから書き方のコツは、「人」やなくて「起きたこと」に目を向けることやで。
そうなんです。ヒヤリハットの記録で大事なのは、誰が悪いかを書くことではありません。何が起きたか、どんな状況だったか、次に何を見るかを書くことです。
その前に、いちばん大事な順番をひとつ。目の前の安全確保と、職場への報告が、いつでも先です。けがの確認、応急対応、上司や決められた窓口への一報——ここにAIは使いません。AIで文章を整えるのは、対応が済んで、落ち着いてから。作るのも、提出物そのものではなく下書きです。
もうひとつの前提。職場がAI環境を承認していても、事故・ヒヤリハット・健康・子ども・利用者等の情報まで入力できるとは限りません。この種類の情報を、この利用目的で入力してよいことまで明確に確認します。確認できないときは実際のメモをAIへ渡さず、この記事の架空例だけで文型を練習します。
3. 今日使うAI・道具
今日使うのは1つだけです。
- ChatGPT(無料で始められます) … 入力が許可された最小限の一般化メモ、または架空メモを、「起きた事実」「その場の対応」「要確認」「次の候補」に分ける文型作りに使います。
これは医療判断や法的判断をAIに任せるものではありません。職場の正式な事故報告や上司への報告が必要な場合は、必ず職場のルールを優先します。
4. 実際にやってみる
そのまま真似できる手順です。いきましょか。
ステップ1:正式様式へ事実を残す
まず職場の正式な様式・報告システムへ、見たこと・聞いたことを時系列で残します。AI用のメモを先に作りません。
- いつ
- どこで
- 何が起きた
- けがや被害はあったか
- そのあと何をしたか
原因や責任を推測で埋めず、確認できないことは未確認として分けます。事実を正確に残すために必要な個人情報は、権限のある人だけが扱える正式な場所へ記録します。
ステップ2:AIへ入力できる範囲を確認する
職場の責任者・規程・サービス条件で、事故種別、個人情報、健康情報、子ども・利用者情報、日時・場所、機密情報をこのAIへ入力できるか確認します。氏名をAさんへ変えても、日時、場所、担当、珍しい出来事の組合せで本人が分かる場合があります。
入力可否が明確でない場合は、実際の事例をAIへ渡しません。以下の指示文は、この記事の完成例のような架空メモで文型を練習するために使います。
ステップ3:許可された最小限のメモか架空メモだけを渡す
次の指示文を貼り付けます。
次のメモを、ヒヤリハット記録の下書きとして整理してください。 ①「起きた事実」「その場の対応」「メモに書かれている『気になった点(推測)』」「次に気をつけることの候補」に分けてください。 ②誰かを責める表現や、断定的な表現は避けてください。事実の意味は変えず、深刻さを弱める言い換えもしないでください。 ③メモにない出来事・原因・責任・感情・評価・診断を、推測して付け足さないでください。 ④メモから判断できない箇所は「要確認」と書いてください。 ⑤医療・法的な判断は書かず、職場で確認すべき点として残してください。 ⑥以下は入力が許可された最小限の一般化メモ、または架空メモです。実在する人・出来事・原因を推測しないでください。
(ここに、入力が許可された最小限の一般化メモ、または架空メモを貼る)
コツは3つ。「責める表現を避ける」「原因や責任を推測させない」「深刻さを薄めさせない」です。「Aさんが見ていなかった」のような個人への矛先も、「たいしたことはなかった」のような軽くする言い換えも、どちらも記録の価値を壊します。起きたことは起きたこととして、静かに、そのままの重さで残します。
ステップ4:正式記録と混ぜず、人の目で確認する
出てきた文は正式記録の正本にしません。権限のある担当者が、正式様式、元記録、関係者への確認へ戻り、採用する文だけを判断します。AI画面上で実名・正確な日時・場所を書き戻しません。
「次に気をつけることの候補」は、あくまでたたき台。再発防止策をAIだけで決めてはいけません。職員間で話し合い、決めるのは職場です。職場に決まった様式がある場合はその項目に合わせて写します。置き換えた名前・日時・場所などを正確な情報に戻すのは、職場で承認された様式や報告システムに書き写すときだけ。提出前に上司や責任者への確認が必要な職場なら、その報告経路に従ってください。整えるのはAI、正式な判断と提出は職場のルールです。
ほー先輩:ヒヤリハットは、静かに書くのがええ。大げさにせん。隠さん。責めん。事実を置いて、次に見るところを決める。それがいちばん強い記録やで。
5. 完成例
架空メモで文型を練習すると、こんなふうに変わります。実際の事故・利用者情報ではありません。
ビフォー(走り書きのメモ)
15時ごろ 廊下
Aさんが走って曲がり角で転びそうになった
職員Bが声かけ けがなし
向こうから別の子も来てた
廊下に荷物が少し出てたかも
アフター(ChatGPTが整えた記録)
【起きた事実】
15時ごろ、廊下の曲がり角で、Aさんが走っていて転倒しそうになった。
同じころ、向かい側から別の子も来ていた。
けがはなかった。
【その場の対応】
職員Bが声をかけた(要確認:どのような声かけをしたか)。
【メモに書かれた気になった点(推測)】
廊下に荷物が少し出ていた可能性がある(要確認)。
【次に気をつけることの候補(決めるのは職場で)】
・曲がり角付近の移動の仕方について、声かけの仕方を職員間で話し合う
・廊下に物が出ていないかを確認する
「誰かが悪い」という書き方を避け、次に防ぐための確認事項として整理した下書きです。注目してほしいのは2つ。声かけの内容をAIが想像で埋めず「要確認」と残したこと。そして「次に気をつけること」が”候補”になっていること——再発防止策を決めるのは、AIではなく職場の話し合いです。正式記録へ移す前に、必要な事実がそろっているかを確認します。
場面別の書き方の例(そのまま使えます)
[ ] の中を、見た事実に入れ替えてください。ヒヤリハットは人を責める紙ではありません。「誰が」ではなく「どんな場面で」を書きます。
① 転倒・ぶつかりそうになった
【日時】[日付] [時刻]ごろ
【場所】[どこ]
【起きた事実】
[誰が/何人が][何をしていて][どうなりかけたか]。
[結果:けがなし/ヒヤリとした程度]。
【その場の対応】
[誰が][何をしたか]
【気になった点(推測を含む)】
・[環境の要因。「〜だったかもしれない」と書く](要確認)
【次に気をつけることの候補】
・[環境を変える案]
・[声かけ・手順の案]
※決めるのは職場の話し合いで
② ものが落ちた・倒れた
【日時】[日付] [時刻]ごろ
【場所】[どこ]
【起きた事実】
[何が][どこから][どうなったか]。[近くに人がいたか]。
【その場の対応】
[誰が][何をしたか]
【気になった点】
・[置き方・固定・高さなど](要確認)
③ 誤りに気づいて止められた(未然に防げた)
【日時】[日付] [時刻]ごろ
【起きた事実】
[何をしようとしていたか]の際、[どこで][何に気づいたか]。
[実行前に止まった/実行前に確認できた]。
【気づけた理由】
[何があったから気づけたか。ダブルチェック・声かけなど]
【次に活かせること】
・[今回うまくいった仕組みを、他の場面にも広げられるか]
防げた事例こそ記録します。「何があったから防げたか」は、次の仕組みづくりのヒントになります。
④ ほかの人の場面を見て気づいた
【日時】[日付] [時刻]ごろ
【場所】[どこ]
【見えた事実】
[何が起きていたか。個人が特定される書き方は避ける]
【気になった点】
・[環境・手順の要因](要確認)
※特定の人の対応の是非ではなく、場面の要因として共有します
⑤ 自分がヒヤリとした(自分のミスに近い)
【日時】[日付] [時刻]ごろ
【起きた事実】
[自分が][何をしていて][どうなりかけたか]
【そのとき気をつけにくかったこと】
[急いでいた/手順が分かりにくかった/確認先が不明だった など]
【次に気をつけることの候補】
・[手順や環境を変える案]
自分のヒヤリハットを出せる職場は強いです。書いた人が責められない運用になっているかも、あわせて確認します。
⑥ 職場での共有の仕方(会議・朝礼)
[日付]のヒヤリハットを共有します。
【何が起きたか】[事実]
【なぜ起きやすかったか】[環境・手順の要因として]
【みなさんに聞きたいこと】
・同じような場面に心当たりはありますか
・[候補の対策]は、実際にできそうでしょうか
「気をつけましょう」で終えない。環境か手順を1つ変えるところまで話し合います。
ヒヤリハットの記録で気をつけたいこと
- 人の名前を強調する— 「[名前]が不注意で」は、次から誰も書かなくなります
- 「注意する」だけの対策— 気をつけるのは前提です。環境か手順を変える案を1つ出します
- 推測を事実として書く— 「〜だったかもしれない」と分けて書きます
- けががなかったから書かない— ヒヤリハットは、けががなかった場面の記録です
- 書いた人が責められる— そういう運用だと、記録は集まりません。仕組みの問題として扱います
- 記録して終わり— 次の会議で「あの件はどうなったか」を確認するところまでが一続きです
- AIへ実際の記録を渡す— 氏名・状態・事故の詳細は、承認された環境の外へ出しません
6. 正式記録へ移す前の確認
目の前の安全確保と職場への報告が済んでいることを、もう一度確認します。深刻な事故・けが・緊急時は、AIで文章を整えるより先に職場の報告経路へつなぎます。
下書きに、メモにない原因・責任・感情・評価・診断が加わっていないかを確認します。分からないことは推測で埋めず、「要確認」のまま元記録やその場にいた職員へ確かめます。
職場ごとの様式と報告経路を優先し、再発防止策はAIだけで決めません。下書きの整理はAI、正式記録と対応判断は職場です。
厚生労働省の医療安全に関する記載例では、ヒヤリ・ハットの具体的内容を、時間順、4W1H、利用者に分かりやすい言葉、事実のみで明確に記述する考え方が示されています。医療分野の資料を他業種の法定様式として転用せず、事実と推測を分ける参考にします。また、個人情報保護委員会の生成AI注意喚起に従い、利用規約や提供者による取扱いを確認し、氏名置換だけで入力可と判断しません。
7. 今日できたこと
今日できたことを、言葉にしておきますね。
- ヒヤリハットを、誰かを責める文章ではなく、次に防ぐための記録の下書きにできた。
- 「事実・対応・気になった点・次の候補」に分ける型を覚えた。
- 事実と推測を分け、確認できないことは「要確認」のまま残す大切さが分かった。
ヒヤリハットは、職場を責めるものではなく、職場を守るもの。そう思えるだけで、少し書きやすくなります。
8. ほー先輩の一言
ほー先輩:危なかったことを残すんは、勇気のいる仕事や。でもそれは、誰かを責めるためやなく、次の一回を防ぐためのやさしさでもある。事実を静かに置いて、次に見るところを決める。そこまでできたら、もう十分ええ記録やで。今日もよう向き合ったな。
やさしいAI仕事術